2016年10月3日月曜日

日本の音大の先生に「あなたにはドイツ語のほうが向いているのではないか?」と言われた時

地方の音大声楽科4年生が「ドイツ語圏の音大に留学したい」と私に相談に来たことがある。3年半習った主科担任の先生がその大学の大学院を受けることを勧めず、「あなたにはドイツ語のほうが向いているのではないの?」と言ったという。こういう場合先生の意図が何なのかをよく考える必要がある。まず、先生がドイツオペラやドイツリートの専門家であるなら、あるいはイタリア語もドイツ語もどちらも得意としているのであれば、その言葉は文字通り先生が聴いてもその学生の声は「ドイツ語に向いている」という風に思ったのだろう。しかしそうではなく受験前から、あるいは入学後ずっとイタリア語の歌曲やアリアをやってきて、卒業間際に「ドイツ語のほうが向いているのではないの?」と言われた場合、その言葉は「あなたには少なくともイタリア語の歌は向いていない」という意味であり、つまりは「あなたは声楽には向いていない、もしかしたら私の専門でないドイツ語専門の先生なら、違い意見かもしれないけど」というくらいに取ったほうが良いかもしれない。歌ってもらうと案の定、呼吸法に大きな問題があり、発音以前に発声を基本から学び直さなくてはならない状態であった。この学生が選んできたアリアはどれも大曲ばかりで非常に声量を要求される曲だったが、ヴィブラートをはじめパッサージョの母音の位置など様々な問題があった。3年半日本の音大で声楽を専門に習って来て、発音や発声はおろかヴィブラートのコントロール、呼吸法にいたるまで基礎がまったく出来ていないことは驚きである。試しにいくつかイタリア語の歌を歌ってもらったが、問題点は同じであった。私は「もし留学するのであれば日本の大学院に当たるアウフバウからではなく、大学1年生にあたるグルントストゥディウムを受けるように。そのためになるべく早く渡航して語学学校と声楽の基礎を現地で習うように」勧めた。これはドイツ語、イタリア語の問題ではない。さらに後期試験では先生の指導できないようなスラヴ言語のアリアを歌うことになっているそうだった。

あとで聞いた話では、日本の音大を卒業してから、もう一度海外の音大の1年生からやり直すことに、本人もご両親も納得がいかないようであった。日本の音大卒のプライドが留学の際に壁となってしまうと、留学しても学ぶものは少ないだろう。留学支援会社を通して有名な先生の夏期講習を受けると言っていたこの学生が、その後どうしたかの知らせはまだない。

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