2016年10月9日日曜日

武蔵野音楽大学 福井直敬学長への公開質問状


私は昭和56年4月武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科に入学しました(トロンボーン専攻、学籍番号A11755)。

大学に入学した者であれば誰でも同じだと思いますが、私も充実した楽しいキャンパスライフを夢見て胸をふくらませておりました。

しかしながら私の夢は入学後まもなく無残に打ち砕かれることとなりまし た。入間校地体育館で行われた管楽器新入生歓迎コンパは「歓迎」とは名ばかりの残酷な新入生いびりの場であり新入生一人一人が舞台上に置かれた「お立ち台」と名付けられた指揮台に登って学籍番号を絶叫し、大きな丼に満たされたビール、ウイスキー、日本酒にわさびや辛子、残飯や吸い殻までを混ぜ合わせた物を飲 まなくてはならないという儀式でした。

さらに悪夢であったのは男子新入生は夏のトロンボーン会の合宿で陰茎に虫さされの薬「キンカン」を塗られるという話を聞いたときからです。私は「そのようなことが行われるのなら合宿には参加しない」と表明しまし たが、以来連日江古田練習室に呼び出され、「武蔵野音楽大学トロンボー ン会の伝統を破壊するのか」などと上級生に土下座を強要されるなどのいじめが続きました。担当教官であった木下利男教授からも「そのような理由で合宿に参加しないのはお前が初めてだ」と叱責されました。

翌年、2年生となった私は新入生歓迎コンパでの飲酒強要行為をやめさせ るよう学生部の古庄先生、仲地先生に個人的に文書で申し入れ、部分的にこれに成功しましたが、これに恨みを持った一部同級生らから夏のオーケストラ合宿時に私を押さえつけ無理矢理陰茎にキンカンを塗ったことから 酷い火傷となり、30年以上たった今でも消えることのない黒い傷となっています。

ご存じの通り「キンカン」はアンモニアを含む劇薬であり、粘膜に使用してはならないことは使用上の注意にも大きく書かれています。また、この様な薬品を集団で陰部に塗布するなどと言うことは教育の府でありうべか らざることであり、ましてや一部教員が学生にこうした行為をおもしろ半 分に焚きつけたことは、許されないことです。

その後私は大きな心の傷を負って数ヶ月後に武蔵野音楽大学を自主退学せざるを得なくなりました。私の受けた行為は共謀共同正犯による暴行障害 事件であり、民事のみならず刑事事件として当事者らの刑事処罰が行われて然るべき物です。

この件では実際は被害者である私が「武蔵野音楽大学トロンボーン会 の伝統を壊した」などとその後長きにわたって非難され、江古田校地の練習室では私の写真がダーツの的になっていたとまで聞いています。また、キンカンを拒否したことで先輩との関係が絶たれその後の人生においても 悪評を立てられるなど、様々な不利益を受けました。

ところが最近になって多くの武蔵野音楽大学卒業生らと交流するようになり、この様な犯罪行為が今でも行われていることがわかりました。これは許されざることであり、刑事事件として、また民事事件として訴追されるべきことです。


2012年以来、武蔵野音楽大学 福井直敬学長と理事、監事に対してこの件について説明し、当時納入した学費を返還することも要求しましたが、その後何の回答もなく、また学費の返還も行われていないことから、この度インターネット上に公開質問状を掲示して福井学長の回答を求めることとしました。

1.武蔵野音楽大学では、新入生の性器にキンカンを塗ったり悪戯をするという行為が、いつからどの学科で行われていたのでしょうか?。

2.もし、まだ行われているとしたら、暴行傷害事件が学内で継続的に行われていることを、学長及び理事会はどのように考えているのでしょう?

3.このような犯罪行為の被害者は合計で何人くらいになるのでしょうか?

4.武蔵野音楽大学での暴行傷害事件の被害者の中には肉体的、精神的に傷害を受けた人はどのくらいいるのでしょうか?

5.武蔵野音楽大学での暴行傷害事件によって退学を余儀なくされた方や、後遺症に悩まされている方はいないのでしょうか?

6.武蔵野音楽大学は学内で現役の教授が焚き付ける様な形で長年このような行為が行われていた ことに関して、どう考えるのでしょうか?

7.武蔵野音楽大学は、大学としてこの件を謝罪し、正確な被害者の数を調査し、被害者に賠償を行うつもりはないのでしょうか?

以上、このブログ上に福井学長自身が実名で回答することを求め、回答がない場合は定期的にその旨をツイッターなどで発信します。

また、武蔵野音楽大学、その他の音楽大学で同様な暴力行為、セクハラ、パワハラを受けた方からの情報を受け付けます。

2016年10月3日月曜日

日本の音大の先生に「あなたにはドイツ語のほうが向いているのではないか?」と言われた時

地方の音大声楽科4年生が「ドイツ語圏の音大に留学したい」と私に相談に来たことがある。3年半習った主科担任の先生がその大学の大学院を受けることを勧めず、「あなたにはドイツ語のほうが向いているのではないの?」と言ったという。こういう場合先生の意図が何なのかをよく考える必要がある。まず、先生がドイツオペラやドイツリートの専門家であるなら、あるいはイタリア語もドイツ語もどちらも得意としているのであれば、その言葉は文字通り先生が聴いてもその学生の声は「ドイツ語に向いている」という風に思ったのだろう。しかしそうではなく受験前から、あるいは入学後ずっとイタリア語の歌曲やアリアをやってきて、卒業間際に「ドイツ語のほうが向いているのではないの?」と言われた場合、その言葉は「あなたには少なくともイタリア語の歌は向いていない」という意味であり、つまりは「あなたは声楽には向いていない、もしかしたら私の専門でないドイツ語専門の先生なら、違い意見かもしれないけど」というくらいに取ったほうが良いかもしれない。歌ってもらうと案の定、呼吸法に大きな問題があり、発音以前に発声を基本から学び直さなくてはならない状態であった。この学生が選んできたアリアはどれも大曲ばかりで非常に声量を要求される曲だったが、ヴィブラートをはじめパッサージョの母音の位置など様々な問題があった。3年半日本の音大で声楽を専門に習って来て、発音や発声はおろかヴィブラートのコントロール、呼吸法にいたるまで基礎がまったく出来ていないことは驚きである。試しにいくつかイタリア語の歌を歌ってもらったが、問題点は同じであった。私は「もし留学するのであれば日本の大学院に当たるアウフバウからではなく、大学1年生にあたるグルントストゥディウムを受けるように。そのためになるべく早く渡航して語学学校と声楽の基礎を現地で習うように」勧めた。これはドイツ語、イタリア語の問題ではない。さらに後期試験では先生の指導できないようなスラヴ言語のアリアを歌うことになっているそうだった。

あとで聞いた話では、日本の音大を卒業してから、もう一度海外の音大の1年生からやり直すことに、本人もご両親も納得がいかないようであった。日本の音大卒のプライドが留学の際に壁となってしまうと、留学しても学ぶものは少ないだろう。留学支援会社を通して有名な先生の夏期講習を受けると言っていたこの学生が、その後どうしたかの知らせはまだない。

2016年10月1日土曜日

日本の音大を辞めようと思っている方へ

今年も9月になって、非常に多くの方から「日本の音大で嫌な思いをたくさんして辛いのですが、どうしたら良いでしょう?」「日本の音大を辞めたいのですが、どうしたらいいでしょう?」というメールを頂くようになりました。このようなメールは毎年、夏休み前には少ないのですが、夏休み明けに急に多くなります。夏の間に悩んでおられる方が多いのでしょうが、できれば夏休み明けご相談いただいたほうが良かったと苦慮しています。と言うのは、辞めたいと思っている方の多くが後期の授業料を納入してしまってから「やっぱり日本の音大は続けていけない、辞めたい」と思うからです。中には「前期からすでに辛かった」「1年生の時から疑問を感じていた」という方も多いです。

しかし、現実的にはもし一度日本の音大に入ってしまった場合、もしドイツ語圏への留学を考えているなら1年生の単位は取ってしまい、1年次を終了させてしまうことをお薦めします。その後で、決断ができるのであれば2年生には進級せず、1年生のうちに留学準備を済ませ、留学先も決めておくことがベストです。そうすれば貴重な時間をあまりロスしないですみます。

日本の音大を辞めて留学しようと思う方に言っておきたいのですが、まずは自分の技術が国際的に通用するだけのものなのかをよく見極めてください。もちろん、留学によって得るものはそれぞれあると思いますが、もし海外経験をしたいだけならワーキングホリデーなどを使うことの方をお薦めします。また、留学準備のため日本で長期間語学学校に通う方が多いのですが、それで留学を先延ばしにするくらいなら受験の前に早めに渡航して現地の語学学校に行くことをお薦めします。

かなり多くの方から同じような質問がありましたので、ここでお答えしておきます。

ブログへのコメントについてお願い

ブログをお読みいただいてありがとうございます。
ブログへのコメント書き込みについて、お願いします。
このブログは、実名で実際あった出来事について書いております。
今後ブログへの書き込みにあたっては実名または普段使っている芸名で、またできれば簡単なプロフィールないし、プロフィールのわかるようなリンクの表示をお願い致します。

例:すぎやまなおき、指揮者です。武蔵野音楽大学を中退し、ウィーン国立音楽大学に留学しました。

今後、匿名でのコメントについては消去する可能性がありますので、前もってお知らせしておきます。

2016年3月31日木曜日

「お前はもう終わっている!」三文オペラ著作権終了を宣言する上演に協力のお願い!

2月初め、宮崎県立劇場で上演が予定されていたクルト・ワイル作曲の「三文オペラ」上演が開演10分前に中止されるというスキャンダラスな事件が発生しました。敗戦国である枢軸国の中でも、有色人種である日本だけが押し付けられた不条理な「戦時加算」を考慮しても、すでに著作権の終了しているワイルの作品に対して「著作権」を主張するドイツの会社の代理人を称する事務所の主張に、主催者が屈服したことが原因です。その後、各地で行われる予定だった「三文オペラ」の上演は同じ理由で次々に取りやめられました。

私は、このブログにも書いた通り2002年6月にR.シュトラウス作曲の歌劇「ナクソス島のアリアドネ」を新国立劇場で上演し、その際に英ブージー・アンド・ホークスの代理店である日本ショット社から執拗な請求と攻撃、上演妨害を受けながら上演を強行してブージー・アンド・ホークス社から提訴を受け、最高裁判所まですべての裁判を弁護士を付けずに、すべての資料を自ら翻訳し、すべての書証を自ら準備して勝訴し、著作権の終了と戦時加算の無効を立証しました。

この時私は、クルト・ワイル(1950年没)やシェーンベルク(1951年没)についても、将来同様な問題が生じるだろうと考え、是非彼らの作品も積極的に上演して著作権問題を世に問いたいと考えていましたが「ナクソス島のアリアドネ」上演での多額の赤字によりさらなる上演は不可能で、結局2005年に「ナクソス島のアリアドネ」を再上演するにとどまりました。

ワイルやシェーンベルクはアメリカに亡命してアメリカの市民権を得ているため、彼らの作品には戦時加算が適用されてきましたが、実は「三文オペラ」や「月に憑かれたピエロ」「浄夜」などの作品には重大な疑義があります。それは「太平洋戦争中も楽譜及び上演権の管理がドイツ(に併合されていたオーストリア)の出版社ウニヴェルザル社にあったことです。

連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律は昭和十六年十二月八日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生ずる日の前日までの期間「連合国および連合国民の著作権が大日本帝国及び日本国において保護されていなかった」という強弁によって有色人種である日本人にだけ押し付けられた理不尽な法律で、本来は「敵性作品であるためこの期間上演や出版が行われなかった」のだから加算どころか短縮されるのが筋なものです。同じ第二次世界大戦の敗戦国であるドイツ、イタリア、フィンランド、ハンガリー、ブルガリアなどは連合国側からこのような条約を押し付けられませんでした。そのため、今後TPPが発行した場合などに予定されている著作権の70年伸長にあたっては、過去にこれらが適用されてきた連合国および連合国民の著作物に関してはこの法律が適用されてきた期間だけ、伸長を延期するべきだと考えます。

私は、このような不条理な条約がいまだに効力を持って運用されていることに抗議するとともに、我が国においてクルト・ワイルの著作権が終了していることを宣言するために、是非「三文オペラ」を上演し、著作権の終了を立証したいと思います。同時にワイルやシェーンベルク、プロコフィエフのような作曲家の作品について、各演奏団体や主催者が過去に支払った著作権料が過誤による不法な請求だったことを立証し、これらを返還させる運動も提起したいと思います。公共の組織や団体がこのような取り組みを行うことは、極めて難しいと思いますので「法人格なき社団」である日独楽友協会が再びこの任に当たること、そして全責任を私が負うことが最も適当かと思います。

つきましては、全国の音楽家、音楽愛好家の皆さん、戦時加算という屈辱的な条約の廃棄を求める愛国者の皆さん、人種差別と戦い、文化が人種や民族の違いなく世界人類共通の財産となることを願う皆さんに、是非この上演をご支援いただけるようお願いいたします。

まずは、近く支援を呼びかけるクラウドファンディングサイトを立ち上げますので、100円でも100万円でも構いませんので、是非ご寄付をお願い致します。日本人が国際社会において文化面でも対等に扱われるための活動を是非ご支援ください。また、公演と練習のための会場(河原、河川敷の私有地で上演にクレームの付かない場所、倉庫、地下室、廃校など無料で使用できる場所)をご提供いただける方も是非ご連絡ください。

次に、この「三文オペラ」上演にご出演いただける皆さんを募集いたします。キャストについてはこちらのリンクをご覧ください。上演については原語上演とするか、日本語上演とするかまだ決めておりません。場合によっては両方の原語の版を各々上演する可能性もあります。この作品は音楽付きの演劇であり、いわゆる「オペラ」ではないことを予めご承知おきください。したがって、キャストは「歌も歌える俳優」であっても「演技もできる歌手」であっても構いません。あらすじなどはリンクに簡単に書かれておりますが、この作品は上演後まもなくナチスによって「退廃芸術」と決めつけられ、上演を禁止された退廃的な内容であり、登場人物も殺人犯、売春婦などアウトローが多く、使われる言葉も非常に粗野なものですので、予めご承知おきください。

演奏者は概ね次のような方を募集します。
フルート、クラリネット、サクソフォン、バスーンのいずれか2種類が持ち替えで演奏できる方2名(ないし若干名、普段専門でないほうの楽器が多少調子っ外れなのは構いません)。トランペット2名(B管の細管ジャズトランペット使用のこと)トロンボーンとコントラバス、バスーン、アコーディオン、打楽器のいずれか2つを演奏できる方若干名。鍵盤楽器各種(ピアノ、ハーモニウム、チェレスタ)演奏できる方で練習時のピアノも担当できる方。打楽器(マルチ)若干名。指揮者(上記の楽器のうちいずれか2種類を演奏できる方で、私と練習の交代、並びに公演の指揮ができる方。
演出助手若干名。いずれも音大卒、または同等のレベルの方。

報酬並びに経費
クラウドファンディングサイトで集まった寄付金、並びに公演時に集まった木戸銭(1回三文、もしくは3グロッシェンを予定。詳細は次報にて)から公演経費を差し引いた残額を練習及び出演回数、時間に応じて分配。

上演の時期
確保できる会場によって、2016年7月〜10月くらいを考えています。全国各地、アゴアシご負担いただける方がいれば上演に伺いたいと思います。


2015年11月8日日曜日

日本の音大に行くべきではない理由   (その7)

7.日本の音大はモラルのないコピー文化が蔓延している
私は1981年、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団首席奏者のアロイス・バンブーラ氏と知り合い、その後4年間にわたって氏のレッスンを受けることになる。アロイス・バンブーラは1934年から1982年まで、ナチスによってオーケストラを追われた期間があったものの足掛け48年にわたってSKDの首席トロンボーン奏者を務めた。その、アロイス・バンブーラが1960年から63年にかけて執筆したのが3巻からなる教則本「トロンボーン教程」"Die Posaune"である。







バンブーラと知り合って、私は早速この教則本を入手して学び始めたのだが、その際に意外に思ったことがある。日本の有名なトロンボーン奏者であるI氏のトロンボーン教則本の序文と、アロイス・バンブーラの"Die Posaune"の序文がまったく同じものだったのである。


野田彰氏翻訳のバンブーラ日本語版と、I氏の「トロンボーンメソッド」 
I氏は元N交響楽団の首席トロンボーン奏者で、東京藝術大学や国立音楽大学の講師を歴任し、日本のトロンボーン界では大物である。そのI氏が最初大手の楽譜出版社から出版し、その後は小さな出版社から出版を続けた「トロンボーンメソッド」の序文が"Die Posaune"の序文を単に翻訳してコピーしたものをそのまま使っていたのである。しかも、この序文はトロンボーン奏者となるための身体的条件から楽器の歴史、呼吸法までに及んでいてかなり膨大なものである(コピーは序文のみで楽譜の部分についてはまったく違うものである)。
序文の最初の部分。左が野田彰訳、右がI氏のもの 
バンブーラに聞いてみたが「何も聞いていないし知らない」との事だった。I氏はドイツ語はできないし、この序文の出典については何の説明もない。しかし、内容を見れば見るほど、これは完全なコピーであって「勝手な引用」ですらない。
マウスピースに関する説明の箇所のページ、右がI氏のもの 
ドイツ統一後の1991年、私は統一されたホフマイスター社と"Die Posaune"の日本での出版に関する契約を結んだ。そして、野田彰先生に翻訳を依頼したのであるが、出版を引き受けてくれる出版社が現れずに出版は挫折し、関係者にだけ50冊見本版を頒布したにとどまった。"Die Posaune"の序文を勝手に翻訳して使った「トロンボーンメソッド」がその間に何冊売れたかは私には知る由もない。時は1991年、日本に帰国して日独楽友協会の設立準備にかかっていた私はI氏と事を構えるつもりもなく、"Die Posaune"日本版の前書きに「この教則本の序文は大変優れているので日本の著名なトロンボーン奏者が自らの教則本にほぼ全文を引用しているほどである」と記載するにとどめた。I氏からの説明も謝罪も、もちろん今に至るまで何もない。

日本の音大に行くべきではない理由   (その6)

6.日本の音大にとって一番大事なのは、学生が学費を払うこと

日本の音大にとって一番大事なこと、それは学生(たいていはその親)が多額の学費を払ってくれることだ。学費を払って大学にお金をもたらしてくれるお客を「ミルクカウ」という。一部の大学には学費の割引や免除の制度があるが、これはあくまで「本学にはこんなに素晴らしい学生がいる」ということを宣伝するための制度であって、苦労して頑張っている学生を支援するための制度ではない。特待生などのほとんどは入学前から特待生として入学できることが決まっていて「君は芸大にでも入れるけれど、うちの大学に来れば学費免除で勉強できるよ」と先生に誘われてくる場合が多い。

最近では各音大ともその他に「特別◯◯コース」などという名称の、演奏家として将来有望な学生だけを集めたコースがあるが、逆に言えばこのコースの学生に優れた環境を与えるために、他の学生が高い授業料を払っていると言っても過言ではない。そして、その割合はせいぜい20人に一人かそれ以下である。

学費が払えなくなった時、国公立の大学では事情により一定の猶予や免除の制度がある場合もあるが、私立の場合は「辞めていただくしかない」大学がほとんどだ。

Yさんのお父さんが急死したのは大学2年の秋だった。前期後期学費を分納していたYさんは後期の学費が支払えなくなってしまったため、大学に相談したが「学費が払えない以上やめてもらうしかない」だった。主科担任を始めいろいろな人に相談したが、誰も助けてくれなかっただけでなく、急に冷たくされたりすでに学生ではなくなっている様な扱いを受けた。日本の音大は、お金が全てなのである。

Yさんは翌年ある公務員の吹奏楽団に入るが、そこで待ち受けていたのも日本の音大と同様のパワーハラスメントだった。日本の音大と音楽関係の職場で受けた心の傷で、Yさんはまもなく自宅療養を続ける生活に入った。